Puddleの現在。
そしてこれから

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2023.09.01 Masaki Kato
Interview & Text : Reiji Yamakura
Photo & Sketch:Masaki Kato

2012年にPuddleを設立してから、11年が経ちました。世界の変化、そして自分自身が暮らす環境の変化にともない、設立当初の思いと変わらないことや変わりつつあること、そして今後手掛けてみたいことなど、設立時には見えていなかった様々なものが自分の中を行き交っています。
そこで、これまでの歩みを振り返るとともに、今後を見据えたPuddleのあり方、私たちと社会との接点について、現在考えていることを言語化しておきたいと考えました。
前半では、デザインする行為の手前にある個人的な思いについて、そして後半では、Puddleがデザインする際に大切にしている、4つの軸となる考え方や、今後の活動について思い描いていることをお伝えしていきたいと思います。

豊かな体験をつくる

旅への衝動のような思いから始まったPuddle。2010年代前半の仕事では、アジア、中東、ヨーロッパ、北アフリカ、北アメリカなどを訪れ、各地の文化、風土、人に触れる体験を通して、さまざまなデザインを提案してきました。日本で育ったにとっては、世界の暮らしを見ることで自身との違いを認識し、沢山の気づきを体内に取り込むとともに、事務所としても異なるバックグランドと多様性を受け入れることで成長できたように思います。

かつて在籍した隈研吾建築都市設計事務所での経験から、その土地で得られる素材や現地の工法に大きな興味を持つようになり、その後に勤めた、ライフスタイルを軸にインテリアから飲食までを境界なく手掛けるIDÉEでの仕事からは、人の“営み”を内側からつくることの大切さを知り、そこで得た学びを様々なプロジェクトを通して実践してきました。

人との出会いを大切にし、旅をしながら続けてきたPuddleの空間づくりでは、価値観を固定するのではなく、新たな気づきから価値観を更新し、そうした更新の連続こそが、豊かな体験を生み出すことにつながると信じてデザインに取り組んできました。

自身の感覚としては、豊かな体験というのは個人に属するものであると同時に、他者と共有することができるものでああると感じています。ここで言う“豊かさ”とは、心が洗われるような小説を読んだ後のような気持ちであったり、一つの小さな人生観を手にしたような映画から得られる感覚に近いように思います。そんな情景を空間の中に生み出したいと考えて、Puddleの仲間たちと共にデザインを続けてきました。

これまでのPuddleの活動を言葉にするならば、不可逆的な豊かな体験を、両手を広げたサイズである6尺からつくり出そうとする行為だと思っています。両手を広げたサイズ、には二つの意味があるのですが、一つは文字通り人のモジュール、身体性に基づいたデザインであること。もう一つには、頭や手足の先にある空間を身体の拡張としてデザインできないか、という思いを込めています。建築設計は、一般的には左脳による論理的な思考から導かれるものだと思われていますが、の意識としては左と同時に、直感的な右脳を活性化させながら、想像力から見えてくる世界をつくっていきたいと考えています。

これまでの社会は、一つの正解や、理想を目指す風潮が強かったように感じますが、その一方で、多様な考え方や、個性をポジティブに受け入れていく流れを強く体感してます。私たちのデザインは、境界があるのであればそれを開いていくこと、そして、多様な価値観を取り込んでいくことをより強く意識しています。Puddleというチームとして、それこそが豊かな体験をつくる活動だと感じています。

 

情景を描くことから始まるデザイン

ここからは、具体的なデザインの考え方について述べていきたいと思います。初対面の方には、「Puddleでは、人が集う場所の空間設計をしており、できる限り開かれた場を設計するように心掛けています」と自己紹介をしています。そして、私たちの事務所では人が集う場をデザインを通し「心地よい体験を提供する」ことを第一にしています。

空間における心地よさを考えていくには、まず、“情景を描く”ことから始めます。情景を描くというのは、空間やプロダクト、サービスをデザインする上で、どんな体験をしていただくか、体験の前後でどんな変化を生み出すことができるのかということを、映像として頭の中に思い浮かべるプロセスです。そこでは、利用者が入ったシーン、利用者がいないシーンを想像し、どんな“営み”を生み出すことができるかを考えていくのです。映画でいう絵コンテのようなものと言えばわかりやすいでしょうか。

そこからデザインを進めるわけですが、大切にしている4つの軸となる考え方があります。これらは、Puddleという、自立した働き方のもと、さまざまな才能が集まるチームの目線を合わせるために、事務所として掲げているデザインアプローチと言えるものです。

 

1つ目は、「心地よい体験の探求」

私たちのデザインでは、そこで過ごす人々にとって、より良い体験とはどのようなものかを考え、滞在前と滞在後の感覚や心情の変化をイメージしながら、空間のあるべき姿を探っていくのです。また、食事や滞在する施設であれば、お客さまを中心に設計することがセオリーですが、場合によってはホスト第一主義として、そこで働くスタッフにとっての心地良さを考えてデザインすることもあります。それは、スタッフが気持ちよく働く姿や、そこでなされるサービスは、受け手であるゲストにも必ず伝播し、利用者として過ごす方たちにとっても、もっとも良い環境となるからです。世の中にデザインの方向性が360度あるとしたら、私たちが手掛ける対象は、その中のわずか15度ほどの幅に入るものでしょう。Puddleのデザインが届く対象が世の中のすべての人ではないとしても、そこに共感していただき、小さくても一つの声として発信を続けることで、クライアントとともに新しい景色をつくっていけると信じています。

2つ目は、「コミュニケーションのリデザイン」

デザインする際には、人と人、人工物と自然、内と外、といった二つ以上のものごとをつないだり、対比させたり、どう関係付けていくのか、そこにどんなコミュニケーションを生み出せるのかを常に意識し、試みを続けています。情景を描くプロセスや、コミュニケーションをつくるという、目には見えにくいものを設計の指針として重視するのは、私たちのデザイン手法の特徴の一つです。ただ、かっこいいものや美しいものをつくり出すのではなく、そこに至る過程で、自分たちの中で何手か打っては戻し、という試行錯誤を重ね、人と人とのコミュニケーションや、人と場所、人とサービスとの豊かな関係性を備えた空間をつくっていきたいと考えています。

3つ目は、「コンテクストの蒸留」

土地や場所のコンテクストを読み解き、空間に表現すべきものを、エッセンスを蒸留するように丁寧に抽出し、デザインへと活かしていく過程が、そこにしかない体験を生み出すために必要だと私たちは考えています。具体的な例を挙げると、設計時には、私たちはいつも三つのマテリアルの組み合わせをもとにデザインを進めていくのですが、その中には、現地で採れる材やその地域に所縁のあるもの、もしくは、現地の職人の手仕事から見出した要素を必ず一つ取り入れるようにしています。コンテクストを理解し、現代に相応しいかたちに表現していくことにより、新たにつくり出す空間とユーザーとの間に親密な関係性を生み、コミュニケーションの創出にもつながっていくのです。

そして最後は、「過去と未来を繋ぐ媒体」

言葉を補うならば、デザインをする際には時間軸を常に意識し、過去と未来の間において、Puddleが、その時の流れを繋ぐ“媒体”となるような存在でありたい、と考えているのです。これまで、リノベーションのプロジェクトを数多く任され、新築にはない魅力を引き出すことを目指してデザインと向き合ってきました。今、すでにあるものを利用する場合には、何を次の世代に引き継いでいくべきかを見極め、職人の技術と誇りに敬意を表し、地域に伝わる工法などを再発見しながら新たなデザインに生かしていきます。そして、竣工後は空間が実際に使われる中で最高の形が現れていくことが理想だと考えており、経年変化を前向きに捉えるとともに、実際にその場で過ごす方たちが愛着を持ち、未来に向けて育てていただけるデザインを描いていきたいと思っています。

 

運営とリノベーションへの思い

最後に、今後のPuddleの活動について、いま考えていることを整理しておきたいと思います。渋谷に自宅兼事務所を構えていた頃は、都心のトラフィックが多い場所で設計をする機会が多かったのですが、軽井沢に住処を移し、事務所を日本橋に移転した2021年からは、都心部でないプロジェクトのご縁が増えました。東京と軽井沢の二拠点を行き来する活動を通し、都市と自然の振り子の運動の中に豊かな体験を感じることも増えました。今後は、人だけではない生き物の営みがあるような場所でのデザインにも取り組んでいきたいと考えています。

また、デザインする対象については、ホテル「sequence MIYASHITA PARK」のデザインを2020年に手掛けた後、提供するサービスや、ユーザーが体験する時間軸が長いプロジェクトに携わる機会が多くなっています。宿泊施設のデザインについて振り返ると、かつては、例えば高価格帯のホテルであれば客室内にどれだけラグジュアリーな体験を詰め込むかが求められていたように思いますが、現在は、客室だけでは体験を紡げない時代となり、働きながら過ごすことや、遊びながら過ごせるような施設のあり方を考えることが必要になっていると感じます。また、例えば、宿泊施設に併設されたカフェで飲んだ一杯のコーヒーの記憶や、そこでの偶然の出会いが宿泊と結びつき、またあのホテルを訪れたいと思ってもらえるような、連鎖的な体験を提供するデザインに、新たな可能性を感じています。

「sequence MIYASHITA PARK」

これまで設計事務所としてデザインに取り組んできた中で、今後、自分たちで挑戦したいことが二つあります。

一つは、場の運営をすること。

お客さまに場所を提供する引き渡しの後に、そこで価値観を築いていく過程にもっと深く携わっていきたいと考えています。そこでは、長い時間を過ごしていただくことで私たちの考え方をお伝えできるような、泊まる場所を含む運営の形をイメージしています。

もう一つは、価値ある建築を保存していくリノベーションに、より積極的に取り組んでいきたいという想いがあります。

リノベーションやコンバージョンを依頼される案件には、それぞれの歴史やストーリーがあります。竣工後の姿を見せるだけではなく、Puddleが、どこに価値を見出してデザインしていったか、どこをデザインせずに残したのかをきちんと伝えていくことの必要性を感じており、また、私たちがすべてに手を加えなくても成立するような、建物自体に魅力がある建物との出会いを求めています。

近況としては、米サンフランシスコを拠点とするダンデライオンチョコレートアメリカの空間デザインディレクターに2023年5月に就任しまして、新たな視座から海外での出会いや新たな気づきに触れられることを楽しみにしています。

「DANDELION CHOCOLATE Kuramae」 Photo:Takumi Ota

また、建築やインテリアデザイン界の専門家だけでなく、テクノロジー分野のプロや自然科学の研究者の方など、異分野のスペシャリストとコラボレーションできるような、R&Dの拠点を設けたいというアイデアもあります。事務所内では、Puddleのメンバーたちが年齢やキャリアを問わず互いに影響を与え合い、私自身も含め、ともに育っていける環境を築いてきましたが、今後はさらにそれぞれが自発的に思考し、駆動していける組織の姿をイメージしています。

そして、どんな地域のプロジェクトでも、Puddleが一番の価値を置いているのは、「人が集う場、開かれた場をつくり、そこで心地よい体験を提供する」ことであり、そこを追求していく姿勢は変わりません。

デザイン、運営、企画やコンサルティングへと活動の領域が広がっていくとしても、その根底にあるのは、人の営みへの思いであり、私たちは人が集まっていくことの豊かさを信じ、そこで違いを生み出すためにデザインに取り組んでいます。追い求めるのは規模やビジネスの大小ではなく、今後の世界のあり方に影響を与えられる何かを、私たちが両手を広げたサイズからつくり出し、空間のデザインを通して社会に貢献していきたいと考えています。

 

プロフィール

加藤 匡毅 Masaki Kato
工学院大学建築学科卒業後、隈研吾建築都市設計事務所、IDÉEを経て、2012年にPuddle 設立。
これまで15を超える国での建築・インテリアを設計。各土地で育まれた素材を用い、人の手によってつくられた美しく変化していく空間設計を通じ、そこで過ごす人の居心地良さを探求し続ける。

山倉 礼士 Reiji Yamakura
INTERIOR DESIGN COMMUNICATION Pty Ltd代表。『月刊商店建築』編集長を務めた後、2017年豪メルボルンに拠点を移し、2019年にRMIT大学Master of Communication Design修了。2020 日本発のデザインを世界に発信するバイリンガルのオンラインマガジン「IDREIT® (アイドレイト)」創刊。取材執筆活動に加え、日豪の建築・デザイン事務所や企業の情報発信をサポートしている

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